わたしのあした~発達障害とともに生きる たった一人だけでもいい。

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たった一人だけでもいい。

私は、自分の理解者は、世界にただ一人でもいいと思っています。
少なくとも今は。
確かに、職場の人や、作業所の指導員さん皆に理解してもらえたら、それに越したことはないと思います。でも、現実的に見て、それは無理な話だというのがわかるのです。

特に、発達障害はその特性に個人差があり、個々にあった支援が必要です。
例を挙げれば、単にトイレに手すりをつければいい、というように、これをやれば同じ障害ならまず大丈夫、というような誰にでも当てはまるような支援がないといっていいかもしれません。同じ広汎性発達障害という診断の人が二人いたとしたら、共通部分はあっても全て同じ支援で済む、ということはまずないと考えたほうがいいと思うのです。

他の障害に比べたら支援が面倒、見た目、何が困っていて、どこをどう支援していいかわからない。それが本当のところではないかと思います。それに、発達障害の人に直接接するような人でないかぎり、多くの人は関心を示さないか、中途半端な理解により、ちょっと『困った人』を差別的に発達障害だ、アスペルガーだという人も、現実にはいます。

それがなんとなく分かった頃から、皆に理解してよということが、できなくなってきました。
これも、私のゼロ百思考によるものなのかもしれません。「だったら、皆に理解してもらえなくてもいい」。

社会に発達障害を理解してもらうことの本来の意義は、本人や周囲が障害を理解することによって本人が生きやすくなるところにあると私は考えます。そして本人が本来の姿で受け入れられること。居場所を作ってあげること。これらは子どもでも大人でも共通するところだと思います。

だから、私は、最初の第一歩として、理解者はたった一人でもいいと思うのです。
私の心理検査を担当した心理士さんが、
「あなたは物事の段取りを組むのがすごくしんどいでしょう?」と言われた時、なんとなく、ほっとしたような気がしました。今まで、仕事でも段取りが悪くて怒られてばっかりだった。ここにきて、それがどうしてなのかが分かって、またそれを理解してくれる人が今まさにここにいる。本当にほっとしたのを覚えています。

だから今はそれだけでいい。それを糧にして、できる工夫をしていればいつか、理解者はそこから少しずつ増えてゆくと思うのです。

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