わたしのあした~発達障害とともに生きる 「おら東京さ行くだ」

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「おら東京さ行くだ」

もの心ついた頃から、私は絵を描くのが大好きだった。
幼稚園~小学校低学年くらいまでは、テレビアニメのキャラクターを真似して描いた。

小学校高学年になると、漫画「キャンディ・キャンディ」が大ブームになり、「なかよし」「りぼん」などの少女漫画雑誌を夢中で読んでいた。
漫画を読むようになって、私の絵を描く情熱はさらに加速し、漫画のイラストを真似したり、自分でオリジナルのキャラクターを考えて、描くようになった。そして、そのキャラクターを主人公にして、ストーリー漫画を描いた。今にして思えば、既成作家の真似の部分もかなりあったけど、当時は真剣に描いていた。ペンネームも考えて。でも描くといっても、ノートにコマ割りして鉛筆で描いていたのだから本格的な漫画とはとても言えなかった。でも、クラスの仲のいい子に見せたりして、ちょっとした漫画家気分に浸っていた。

中学に入って、宇宙戦艦ヤマト、機動戦士ガンダムなどアニメブームが到来すると一転して、少女漫画からアニメに関心が向いた。当時から宮崎アニメは注目を浴びていたが、中学2年の頃から愛読していたアニメ雑誌「アニメージュ」で80年代初頭から連載された「風の谷のナウシカ」(のちに映画化)が、アニメファンの間で高い評価を受けていた。

そのころから、少女漫画からいろいろなイラストに興味が沸くようになった。ちょうど、中学3年のときの担任が美術教師だった。だから、思い切って
「私、漫画家になりたいんです!」
と宣言した。当時はメルヘンタッチの絵を中心に描いていたけど、やっぱり物語性のある漫画が描きたかった。あの頃の私は授業中、窓の外の風景を見ながら、ノートにこっそり漫画を描いているような、一見真面目、でも実は不真面目な生徒だった。

でも、中学3年の担任は、私の夢をそっと背中押してくれた。私の絵のいいところ、技術を上げたほうがいいところを指摘してくれた。そして、2学期の終わり頃、美術の本を何冊か貸してくれた。

その本を眺めながら、漫画家になるんだったら、やっぱり東京よね。
そうだ、高校卒業したら東京に行って、絵の勉強をしよう。
「東京に行こう!東京にいって、漫画家になるんだ!」

現実の厳しさなどまだ何も知らない、15の冬。
当時、吉幾三が歌う「おら東京さ行くだ」が、街を流れていた。

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