わたしのあした~発達障害とともに生きる 自己肯定感の低さにゆえの悲劇?被害妄想

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自己肯定感の低さにゆえの悲劇?被害妄想

このブログの一つ前にも書きましたが、私は自己肯定感が低いです。

「お前は愚図だ、何をやってもだめだな」と、この50年近くずっと言われ続けたために、
私はダメ人間だと思うようになっていきました。

私はダメだ、私はダメだ…というデータを脳内に焼き付けてきたせいで、
ちょっとほめてもらっても

「どうせ、お世辞にちがいない」、もしくは
「裏になにかあるにちがいない」そんなふうにしか思えなくなってしまいました。

こうなるともう認知の歪み、確実に被害妄想が入ってるとしかいえません。

今もさにあらず、作業所では、

「仕事はよくやってる、能力そのものは高いが被害的な受け止め方を変えていただきたい」。
そう言われて、私は苦悩しています。

能力高いってそれほどでもないと思うんです。
質のいい仕事をこころがけてやっていますが、処理能力がかなり残念なせいか、
全体として動作性IQが低めのためか、やっぱり数をこなせなくて、
いざというときの戦力になれないのが悔しくて仕方ないわけなのです。

「私はどうせ戦力になれない」…そこから始まって、
「自分なんてここでは必要とされてない人間なんだ」と被害的に受け止め、
能力の高い人をうらやみ、やがてそれは強い憎悪の念へと変化していきます。

そしてそれらは、時に、不適切な言動へ私を向かわせました。

これが、今まで私が様々な仕事が続かなかった原因です。

今のA型では今度こそは…と決意しているものの、既に職場に対するトラウマがあり、
すべてのことを被害的に受け止めてしまいがちで、
時々フラッシュバックが起こります。

今、心配しているのは、付き合ってくれる職員さんやサビ管さんたちが、
こんな私に匙を投げてしまわないか?ということです。面倒を見るのは私だけではないからです。

いくら自分が変わらなきゃと思っていても、完全に認知が歪んでしまっているので、
受け止め方を変えるのは、そんなに容易なことではないのです。

それが苦しみの原因になっているのがわかっているにしても、
この被害妄想な考え方から抜け出ることができないのです。

でも、ここで匙を投げずとことん向き合ってくれれば、私も人を信頼できるようになれる気がします。

一番仕事ができる人にならなくても、「ここにいていいんだ」と思えるようになれるかもしれません。

あくまで仮定ですが。

そしてあくまで私の場合ですが。

二次障害を抱え、被害妄想の入った発達障害者が社会復帰するのは並大抵のことではないのです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。