わたしのあした~発達障害とともに生きる 自閉症啓発デーに思うこと

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自閉症啓発デーに思うこと

4月2日は自閉症啓発デーということで、東京タワーのみならず
日本のあちこちでブルーライトアップで静かに啓発を呼びかけていました。

自閉症児・者に対する理解や支援が広まることを、もうすっかり人生詰んでる当事者の私は、
静かに、やや冷めた目で願い、見つめていました。

発達障害『でも』、仕事をしてそれなりの収入を得てる人もいれば、
私のように、何のスキルもなく、これからスキルアップするにも希望が薄い発達障害者も少なからずいます。

よく、『○○をやれば発達障害でもうまくいく』みたいな本を見かけますが、
正直そういう類の本を見ても、それはその人が導き出した答えであるから、
まるまる自分に応用してもうまくいくはずがないのです。

発達障害は個人差の大きい障害ですから。

これは、どう足掻いても仕方ないことなのかもしれません。

そんなわけで、どうしても冷めてしまっている私は、自閉症啓発デーにもあまり積極的になれなかったりしますが。

発達障害者でうまくいくのは、ある程度能力のある人に限られてくるのでしょうね。
また、スキルを得られる環境があったなどで、その才能を開花させることができたことも大きいでしょう。

それらに恵まれた人と、
無して数十年すごして成人した人とは、必然的に違いが出てきます。
厳しいことだけどそれが現実だと、最近強く感じるようになりました。

同じ障害者なのに格差がある。

世知辛いですね。

発達障害者同士で団結できない原因は、その障害特性とともに、
そうしたバックグラウンドの違いによるものも大きいのかもしれません。

こうした格差は発達障害者のみならず他の障害にも言えることかもしれません。
また、いわゆる健常者にも格差は存在します。

ただ、こと同じ障害者同士だと、こうしたバックグラウンドの違いが、啓発や理解を世間に訴えるうえで、
大きな障壁となることがあります。

同じ障害者同士で比較しあうのは当事者同士だけでなく、周囲の人も、
「あの人はできるのに…」などという心無い言葉を当事者にぶつけてしまうことがしばしばあるのです。

発達障害者は私のような底辺当事者から、
才能を活かして社会で活躍している人からさまざまです。

そのどんな生き方も、発達障害者の生き様の一つであると受け入れられる風潮があると、
発達障害者の多くが救われると思うのです。

そして一人でも多くの当事者が、その持てる力を発揮できるような環境が、
この社会につくられるよう、ブルーにともされた光を見つめながら静かに願いをこめました。

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