わたしのあした~発達障害とともに生きる 2014年04月

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障害者に見えない障害者の苦悩

おはようございます。
いつも、ブログを読んでくださりありがとうございます。

先日の所長の面談で、毎日休まず出勤することが
認めてもらえる最大の重点ポイントであり、
休むことは、信頼を失う最もハイリスクなことだと伺い、
こういう時、もともとゼロ百の私は、非常に悩むポイントであるのです。

そういわれた以上、多少疲れても不調でも、
毎日行くことが信頼される最大のポイントといわれれば、
かなり律儀にそれを守ろうとしてしまいます。

恐らくこの言葉の中には、
どうしても休まなければならない事情のときは、休んでもいいんだよと
いう意図が込められていると思います。

そうでなければ、インフルエンザになっても仕事休めなくなりますから。

しかし、それにしても毎日出勤は、私にとってハードルが結構高めなので、
最終的には主治医の意見書か診断書を差し出し、
こういう事情だから、たまには一息いれさせてもらえないと、
精神の安定が図れないと訴えるしかなさそうです。

自閉症スペクトラム障害(広汎性発達障害)の人は、
人の中にいるだけでストレスなのですよ。

私が人ごみが苦手でスーパーにいけないのは、
人ごみに酔ってしまって、疲れてしまうからなんですよ。

さて今日も、苦手な人ごみ電車に乗って、
行ってくるとします。

だから、精神状態をキープするには、静かで、休める場所や時間が必要なんですよ。

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所長との面談

おはようございます。
今日は雨ですね。

この件で昨日は散々ツイッターで愚痴言って、ちょっと気持ちの中では
決着がついた感じだったんだけど、
朝起きたら納得がいかないことがぽろぽろとこぼれてきました。

障害者の中でも、発達障害者は殆ど理解されてないことが、
所長の発言で明白になり、
ここでも居場所はないのか、と、絶望的な気分になりました。

自閉圏の人に対して、こだわりを捨てるということは、
自閉症という障害を否定するのと同じこと。

ようは、性格の問題であって、
努力でなんとかしなさい、って言うのと同じなんですよ。

もし、視覚障害者で殆ど視力がない人にだったら、
努力で見なさいとか、白杖を使うのをやめなさい、とは言わないし、言えないと思うのです。

自閉症、発達障害に関してだけ、障害特性は努力でなんとかしなさい、
しかも、その方法は自分で考えなさいと振られ、
自閉症、発達障害の人は苦難の挙句その方法を自力でなんとかしていることが
多いんじゃないかと思います。

それも、この障害を持って生まれたことの定めなら、
受け入れていかなければいけないのでしょう。

辛いですね。

私は、ある仕事で自信を持つことができました。
ボトルにラベルシールを貼る仕事ですが、
このラベルシールの仕様が変わったためにできなくなり、
ほかの人がすることになったのです。

定型(発達障害のない人)の人なら、問題なく別の仕事ができるでしょうが、
発達障害のある私は、まずシールの仕様が変わったことだけで頭が白紙状態になり、
それだけで、不安でしかたなくなります。

それで、結果できなくなってしまいました。

私としては、自分の自信に繋がった仕事がなくなり、ショックのあまり、
パニックになってしまいました。

他の人に仕事を取られた気持ちになって、たまらなく悔しくなりました。

パニックになったこと、大人げない発言をしてしまったことの深い後悔の気持ちから、
仕事へいくことができなくなり、それで数日仕事を休みました。

そのことを、作業所の所長から責められました。

「仕事を休むのは信頼を裏切る行為だ」と。
信頼されたければ仕事を休むな、と。

所長の言うこともわからなくはありません。
けれども、休む人は私の他にもいるのです。

その人たちは信頼を裏切っている、ということになりますよね?
その人たちにも、同じ注意を受けてるかといえば、そうではないのです。

私は、一般就労を希望しました。
けれど、それは殆ど不可能に近いことだと思っています。

そのせいもあって、私に対しては厳しくなるのかもしれません。
そして、所長は言いました。

「そんなことでは、一般就労は無理ですよ」。

私は確かに人と比べて落ち込みやすいところがありますが、
これも障害特性で、どうしても百かゼロの極端な考えに陥りやすいのです。

人と比べてできないことがあると、もうダメだと考えてしまいます。

確かにそれは、社会で生きていくには不都合な特性かもしれません。
でも、それが発達障害という障害なのです。

結果、私は、シールの仕様が変わった時点で、もう私の仕事ではなくなった。
そう考えることで、この件に決着をつけようと思います。

こだわりを捨てろと言われたら、もう、そうするしかすっきりさせる方法はないのです。

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そういえばゴールデンウィークですね。

おはようございます。
寝不足で、ちょっと眠い朝です。

早いところでは、すでにゴールデンウィークに入っているみたいですね。

私の作業所は、カレンダー通りなので、普通に仕事です。
といっても、今は謹慎中みたいな気分で休んでいたりしていますが、
やっぱり、生きていくことを考えたら、落ち込んだりしないで、仕事に行かなきゃ
いけないですよね。

そう思って、今日は作業所に行こうと思います。

職場に自分の存在する意味はないかもしれないけど、私としては、職場が必要なのです。

それは、生きていくために。

つまらない些細な事で落ち込んでいる場合じゃないんですよ。

そりゃ本当に得意を生かせる仕事ではないかもしれないし、
本当にやりたいこととは違うかもしれない。
でも、そこでやらなきゃ、
私が生きていくための収入を得ることができなくなってしまうじゃないですか。

今日1日行けば、明日は休み。

そう考えて、ゆったり行ってくることにします。


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仕事も休んでばかりもいられない

おはようございます。
仕事を休んで3日目にもなると、なんだか自分が悪いことをして、
謹慎中みたいな気分になってくるものなのね。
今回は自分にも原因があるから余計に、
そんな気分を増幅させてしまうのよね…。

それに、家計簿つけてると、主治医のアドバイスであっても、
仕事を休んでばっかりもいられない、そういう気分にもなってきます。
今月の出勤は、来月のお給料に反映だから、
来月のお給料計を算して、ちょっと青くなってしまいました。

主治医も、
できれば仕事に行ったほうがいいよ、
自宅に引きこもってると社会との接点もなくなるでしょう、
とおっしゃるし、
私としても、このパターンでいくと、仕事そのものを辞める方向に
傾きそうで危ないから、
ここは、踏ん張りたいところなのです。

だから意を決して、明日は仕事に行くかもしれない。
いえ、…行こうと思う。
どうしてもダメだったら駅まで出て引き返せばいいし。

そういう気持ちで行ってくることにしようと思います。
お天気が心配なんだけどね。

なんだか不登校の子どもの気持ちがわかる気がします。

サザエさんが終わったあとに憂鬱な気分にならなきゃいいけど。

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発達障害同士のトラブル?

おはようございます。
今日もリアルタイム更新です。

昨日はカウンセリングを受けてきたのだけど、
そこで、自分のゼロ百の極端な認知形態とか、
そういう自分自身の問題について話してきたのだけど。

これから書くことは、その中で話してきたことです。

作業所にはいろんな障害特性の人がいて、
その中には、診断を受けているかどうかわからないんだけど、
発達障害かな?と思う人がいるのです。

で、その人と作業を一緒にしました。

その人が商品のラベル貼りをして、私が梱包する、という
流れ作業だったんだけど、ラベル貼りの人、手が早いのはいいんだけど、
こちらの作業の進行具合やら全て無視で、しかも、だまって
ラベル貼りをした商品をどんどん私の机の上に置いていくのね。

ひたすら無口で、どんどん置いていくのよね。
こっちの机には、梱包が追いつかない商品が溜まるから、
私も焦っちゃって。

そのときに、私も、もっとゆっくりやってね、とか
言えばよかったんだけど、
もっとも、最初は私も「ありがとう」って言っていたんだけど、
そのとき相手の反応無しで…。

まぁ、私も、ありがとうなんて言うから、
相手もこのペースでいいんだと思っちゃった、
そういうところはあると思うんだけど。

こちらとしては、見たら私の作業が追いついてないのがありありと分かるんだから
調整してくれたって…、という期待をついしてしまう。
仕事ができそうな人みたいだから。

でも、全て作業を無口でやるってどうなの?
これお願いしますとか、一声かけてくれたらその場の雰囲気も良くなるのに、
ただ無口で、黙々と商品を机の上に詰まれると、なんか妙な緊迫感で私も焦って、
大袈裟だけど、あのとき生きた心地がしなかったのよね…。

ここでひとこと声をかけるのが常識よ、なんてお説教するつもりはないけど、
そのひとことがあればこちらの気持ちも変わる、というのはあると思う。

もちろん、仕事中だから過度な私語は禁物だけど、
必要な声かけもあると思うのよね。

その人が発達障害があるかどうかはわからないけど、
もしそうなら、それを期待することは難しいとは思うのだけど。

こっちも発達障害でコミュニケーションが適切でなかったりするから、
こういう問題が起きてくるのでしょうね。

ちなみに現在、その人と私は結果トラぶって、その反動で私が落ち込んで、
仕事に行けなくなっていますが、私もいつまでも
行けない状態を続行するわけにもいかないので、
なんとかしないといけないのだけど。

発達障害(かもしれない)人同士も、それはそれで問題があるよというお話でした。

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私は私で、いいんです。

おはようございます。
今日も、リアルタイムでブログを更新しています。

昨日はコメントの件含めて、2記事アップしたから、きょうはもういいかなって
思ったんだけど、やっぱり、今日の記事は今日の記事で書くことにしました。

色々、悩んだんだんですよ。

自分のブログこんなんでいいのかなーとか、
ただ不幸自慢してるようにしか見えないのかなーとか、
自分の文章能力が足りないのかなーとか、

そういうことを考えていたら、ブログを書くことそのものが、
息抜きでもなんでもなくなっていたのです。

本来は、毎日の生活の息抜きになればいいなという気持ちと、
発達障害の理解に繋がればいいなと、ちょっとだけ考えてはいたんだけど。

それと、実生活でカウンセリングや診察の時に、
主治医や心理士さんに現状を話すための手助けになればと。

そんなふうに思いながら書いてるブログなんですよね。

他の人のブログと比べてどうこうは、せめてここだけはしたくないから、
ただ、自分が書きたいことを吐き出す場所であれば、それでいいんです。

そうでなくても、実生活で自分の言いたいことを吐き出す場所ってそうないでしょう?

だからそれでいいんだって。
私は私でいいのだって。

これからはそう思って、ブログを書いていくことにします。


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コメントについて、再考。

こんにちは。
いつも当ブログをお読みいただき、ありがとうございます。

再びですが、コメントについて、少しお伝えしたいことがありました。

先ほど、コメントを1件削除しました。

削除したコメントは以下のような内容です。


『あなたは女性だから、再婚して養ってもらえばいい』


これは、確かにそういう考え方もアリでしょうし、実際そういう女性もいることでしょう。

しかし、

『女性だから養ってもらえば』という表現は、ともすれば女性を軽蔑した、

不快な表現だとうけとめられる可能性があると判断したからです。

すぐに削除すればよかったのでしょうが、私は基本的にコメントは削除しない方針です。

不愉快と思われるコメントをあえて残しておくことで、『足跡』を残しておくことができます。

スパムや荒らしも、中には確信犯と思われるものもあるからです。


それから、記事と全く関係ないコメントを延々と書いて連投するのも、一種のスパムと判断させていただきます。


今後は、管理人である私が適切と判断したコメントのみ、承認して公開していく方針です。

ですが、いただいたコメントに関しては全て保存しています。


どうぞ、ご理解のほど、よろしくお願いします。

ひとやすみ

何でもそうだけど、時には立ち止まることも必要だと思うの。

ずーっと、走っていると、目の前のことしか見えなくなるから。
先に進むことしか考えなくなるから。

たまには、歩くくらいの速度で、今まで見えなかった風景を

見ることも、大事なことだと思うの。

それで新たな発見をしたり、今まで気がつかなかったこと、

考えも及ばなかったことに気が付けたりできて、

また、がんばろうって思えるのじゃないかな。

そんなわけで、今日はちょっと足を止めて、ひとやすみ。

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締め切り迫る

作業所で、毎月書く書類があるのだけど、その書類の締め切りが迫ってきています。
本当に、やっとの思いで先月出したばっかり、っていう感覚なのだけど、思いのほか、1ヵ月というのはすぐ経ってしまうようです。

その書類というのは、毎月仕事の目標を書いて、その目標が達成できたかどうかを自己評価して、来月の目標を書く、というものなのだけど、この目標が、毎月書いているとマンネリになってきて、毎月同じようなことを書いているようで。

もっと、そう、例えば一般就労に向けて頑張りますとか、具体的な目標があるといいのだけど、どう考えても現状では無理だろうという目標も立てられないから、今月もまた似たようなことを書いて出すことにはなりそうです。

ただ、いつも心がけていることは、質より量の仕事にならないようにすること。

程度問題だけど、程ほどのスピードで、質のいい仕事が出来たら、会社としても信頼が上がって、仕事を請け負えるだろうから、結果的にはそれが一番いいと、私は思っています。

そんなわけで、今月もそのようなことを書いて出すことになりそうですが、どうしても単純作業は競争になりがちで、ほかの人が自分より仕事を多く上げると、もっと頑張らなきゃなと、つい意気込んでしまう自分をセーブするのが大変で、それで参ってしまうところがあります。まずそこをセーブして、自分の価値観を大切に磨いて、レベルアップしていけたらいいと思います。

来月も頑張って仕事します。

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命に明日の保証はないから

先日ブログタイトルを変えたのだけど、障害に逆らって生きるよりも、受け入れて、
一緒に連れ添うくらいの気持ちで行くといいと思うのです。

もちろん、私はまだまだその域には達していないけどね。

同じ障害でも、個人差の大きい障害だし、本当はこういう言い方はすきじゃないけど、良く言いますね、上を見ても下を見てもきりがない、って。

自分は、まぁこんなところよねって気持ちで、腐らずにやっていけたらそれで十分。

私個人的には、子どものご厄介になることなく、さっとこの世を去れたらいいと思っています。

精神疾患があると、薬を長期に渡って服用するために、長生きはできないっていうから、残念ながら80歳までは無理ぽいけど、そのかわり、ある日眠るように逝けたら私としては満足です。

長生きしたって、これから年金は減る一方だし、寝たきりになれば家族のご厄介になるし、
それほど、子どもに尽くしてもいないから、ある日突然逝くのがいいわ、って、そう思っています。

その時、自分は何を考えているでしょうね。
自分でも、その時にならないとわかりません。人生って先が見えないものだから。

それこそ、ある日突然に人生最後の日が来たら、今晩のおかずは何食べようか…なんて考えているかもしれないし。

こうして暢気にパソコンで駄文打って、突然お迎えが来るかもしれないし。

だから私は、見当もつかない先のことをあれこれ考えるよりも、今このときを無事に生きていればそれでいい。願わくば生きているうちに障害と上手く付き合えるようになれたら、それでいいんだけどね。

それにしても、近所の野良猫が騒がしい。もう少し静かにならないかしら。


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