わたしのあした~発達障害とともに生きる 2014年02月

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こちらの発達障害支援事情

発達障害の支援に関しては、かなり地域差があるように感じています。

私の地域では、診断から話を始めると、まず、診断できるもしくは発達障害の知識のあるクリニックや病院の数がとても限られています。

私が発達障害の診断を受けたのは、県立の医療センターで、今のクリニックの主治医の紹介です。現在はカウンセリングのみ、同病院で受けています。

うつ病を疑って最初に受診した病院でも、カウンセリングは受けていたのですが、費用が今の病院の3倍以上でした。保険診療外ということもあったけれど、働けなくなってからのこの出費はとても痛かったです。

発達障害支援センターはあるのですが、何を支援してくれるのかよくわからないというのが実感です。でも相談に行けば、診断してくれる病院の情報を持っていたり、地域の障害者相談センターを紹介してもらえます。繋がっておけば何かの時にまた相談に行くことができるので、時々相談に行きます。
もしも自分が発達障害ではないか?と疑う場合、病院にかかる前に相談に行くと良いかもしれません。その後のフォローもしてもらえたりします。

ただ、田舎なので、支援センターも、カウンセリングを受ける病院も遠くて、仕事をしながら通うのが結構大変です。病院までは、電車を利用していますが、電車の本数が少なく、1時間に一本の電車に乗り遅れて、寒い中1時間待ったことがあります。
病院から駅まで歩いて早足で10分程度。カウンセリングを終えて、会計を済ませて急いで帰宅しても夕方ぐらいになってしまいます。

もう少し家から近いもしくは電車の便が良い場所にあるといいんですけどねぇ。
そこは、田舎の辛いところなので、仕方がないと諦めています。

ただ、病院も支援センターも、平日しかやっていないんですよね。せめて土曜日の午前中だけでも、相談や受診ができれば、当事者の負担も少ないのに…と思います。

どこでもそうなのかもしれませんが、発達障害と診断される人は、増えてきているのに、医師も、病院も、支援機関も間に合っていないように感じています。

こちらはそんな実情ですが、皆さんの地域はどんな感じなのでしょうか。

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耳をすませば…?

最近、というか昨年の年末あたりから、幻聴が聞こえるんです。

誰かに嫌われたら終わりだとか、仕事できなければ終わりだとか、あれこれ考えて、使えない気を遣っているせいか、自分の評価や評判が気になるのでしょうねぇ…。それがストレスになっているようです。

誰かが私の悪口を影で言ってないかとか、あの人が機嫌悪そうにしているのは、私が何か失礼なことをしたせいではないだろうか?とか。

昨日、仕事帰りの電車の中で、一瞬、誰かが怒鳴る声が一瞬聞こえて。

幻聴というより、電車の走行音を聞き違えているのかもしれないけれど、昨日は仕事中に、急に怒り出した人が居て。

まぁ、そういう障害なのだろうけど、仕方ないから慣れるしかないと自分に言い聞かせているものの、やっぱり、ダメなんでしょうね。

私は、大声で怒鳴る人って本当に苦手なんです。その人が苦手というより、大声を出す行動が苦手、ということです。

その人が急に怒鳴るのは障害故仕方ない、と、わかっていても、心が石のように固まってしまうんですよね。

そんなわけで、今こうして文章を打ち込んでいても、何かしら音声が聞こえてくるんです。
もちろん、部屋のテレビはついていません。明らかに人の声と幻聴は違うので、私の場合ははっきり幻聴だとわかります。

幻聴というと、統合失調症の人に良くみられますが、ネットで調べたら、うつ病の人もそういうことがあるそうです。

幻聴らしき症状が出たら、疲れている証拠とみて、なるべく、休養するようにしています。

今日は自分のペースで過ごせればいいなと思います。


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当事者同士の温度差

同じ発達障害を持つもの同士、つながりたくてもつながれない。
そんな経験って、ないでしょうか。

私は何度も書いていますが、アラフィフのバツイチ子ども持ち(子どもの親権は元夫)です。

私の世代は、小学校の運動会の入場行進なんて、まるで軍隊のように一糸乱れずのレベルまで、暑い中毎日練習させられた時代です。発達障害なんて、学校の先生すら知りませんでした。

そんな中、皆と同じようにできないことで怒られ、あなたができないからみんなが練習を終えることができないのよ、と言われ、子ども心に肩身の狭い思いをしたものです。

人間関係のトラブルが多く問題児扱いされ、いじめの対象になり、先生ですら、かばってくれることはありませんでした。

そんなこんなで、すっかりトラウマ体験の塊になって大人になりました。
最近になって、発達障害のことが、メディアなどで取り上げられるようになって、発達障害支援法も、一応制定されました。

当初は、発達障害は子どもの問題だけと考えられていたのが、発達障害を抱えたまま成長した大人に、やっと、スポットが当たるようになりました。

正直、同じ当事者でも、理解や支援を受けてきた人と、そうでない人ではかなり温度差があります。元々、相手の立場にたった見方や考え方ができない障害だけに、余計トラブルになり、そうなるとこじれやすい傾向にあるようです。

私も、当事者同士が一番厄介だと感じることがあります。理解や支援を受けられた人が、そうでない人に対して、自ら理解を求めないからいけないと主張しはじめると、大変、こじれます。

理解されない時期が長ければ長いほど、トラウマ体験を多く抱えているものです。人を信じることができなくなっていることもあります。自分の環境だけが全てではなくて、様々な状況下で精一杯やっているということを是非頭の片隅に留めておきたいと思います。

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コメントを読みながら

いつも当ブログを読んでくださってありがとうございます。

滅多にコメントのないブログですが、いただくコメントには、
できるだけ、返信するようにしています。

それでも私自身にあまり余裕がないときは、返信できないことがありますが、
コメントはきちんと読ませていただいています。

私自身、発達障害の診断を受けて感じることは、成人になって、それも私のようにアラフィフに近い年代に差し掛かって診断を受けて、メリットがどこにあるのか、未だによくわからない状態でいます。

もちろん診断がつくことで自分を知ることができ、対処方法を身につけられるというメリットがないとは言いませんが、今までのトラウマ体験を拭い去ることは、本当に難しいし、それなりの時間もかかると実感をしています。

だから、できるだけ、できるだけ、若いうちに診断がつくと、いいのかもしれませんね。

まあ、そうして嘆いてばかりいても仕方ないので、できるだけ前向きに、障害と付き合えるようになろうと思っています。

私より若い時に診断を受けた成人発達障害当事者の方は、少なくとも私よりはラッキーだと思ってください。

それにしても、改めて、発達障害の人はみんな、たくさんの苦難を乗り越えてこられたのだな…と痛感しています。

どうか過去のトラウマに呑まれることなく、診断を受けたことをきっかけに、本来の自分の良さを見つけ、取り戻せるように、進んでいきたいものですね。
その道は決して平坦ではないけれど。


私も、アラフィフに差し掛かってはいるけど、前を向いて歩いていきます。


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もしも、うつ病が治ったら

治るっていう人もいるけど、実際には、何年も患っていたり、治っても再発しやすいのが、うつ病なんですよね。

うつ病になると、働くことが不可能、または困難になります。
社会復帰の道は、実はすごく遠いのではないかと最近思うのです。

数年で治ればいいのだけど、私の場合、発達障害があって、人間関係のトラウマをしっかり抱えているから、治るにもかなり時間がかかると腹をくくっています。

うつ病は、骨折した状態に例えると、わかりやすいかもしれません。
足を骨折したら歩けなくなるのは、目に見えてわかるけれど、心が折れた状態は、目に見えてわかりません。

けれど、心が折れる(骨折する)と、やる気が出なくなったり、今まで楽しかったことも楽しいと思えなくなったりします。やる気が出なくなるから、動けなくなるのです。家事など、今まで普通にできていたことが、できなくなります。
外に出て人と会うことも、億劫になってしまいます。

これを周囲の人から見ると、本人が怠けているように見えてしまいます。
でも怠けているわけでもなんでもなく、本当にやる気が湧いてこないのです。
体が鉛のように重くて、動けないのです。恐らくこれは、経験した人でないとわからないかもしれません。

これは、ストレスなどから脳内物質の働きが弱くなることから起きる症状で、本人が怠けているのではないのです。

特に発達障害があると、うつなどの二次的な症状を引き起こしやすくなります。発達障害も、脳の機能障害から起きているので、もともと普通の人に比べて弱点を多く抱えているぶん、精神疾患を発症するリスクも、普通の人に比べて高く、また治りにくいのです。

私は、うつが治るころには、もう定年を迎える頃に近くなっているような気がしています。
その時に雇ってくれる会社があるかどうかも微妙です。

でも、何年かしてうつが治ったら、働きたいです。
それは生活費のためでもありますが、自分の生き甲斐を見つけるためでもあるのです。

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最近、明るくなったらしい

先週、仕事中に主任指導員が私のところにやってきて、最近明るくなったねと言われました。

確かにここに来た頃は、暗い過去のトラウマを背負って、生活も切羽詰っていて、本当に余裕もなく、本当に暗かったと思います。

最近は、仕事もまあ慣れてきて、できる作業も増えてきて、充実してきたなと思える。
多分、そういうところから、少しずつ気分が明るくなってきているのかもしれません。

でも、相変わらず、月一回開かれる食事会には行けません。
これは別に、強制ではないし、あくまで行きたい人たちだけで集まって行くようだから、お断りしてもいいということになっている(らしい)。

ただ、相変わらずこんなふうに、みんなが楽しいと思って集まる場所にいけないのは、コミュニケーションの障害故とはいえ、なんだか疎外感や劣等感のようなものを感じます。

昔から、一人だけ違っている感じがしていて、みんなと私の間には、いつも見えない壁があるように感じていました。

会話に混ざることができない、不器用、運動音痴、劣等感。

それらは今でも私につきまとっていて、それは少しも変わっていないのです。

でも、明るくなったと言われるということは、少しは、何かが、前と比べて変われたんだろうか?

そうだとしたら、少しずつ、私が障害を受容できてきたのかもしれない、と。

そう、思います。

障害受容は、思ったより難しく、時間がかかるものかもしれません。

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私の家計簿歴

私は専業主婦の経験もあります。
そして家計簿をつけては挫折する、ということを繰り返してきました。

離婚して、一人暮らしになり、また家計簿をつけはじめるようになりました。
私は離婚の時、慰謝料も何も、元・夫からもらっていません。
理由は、子どもたちの前で親のドロドロした部分をあまりみせたくなかったのもありますが、私が発達障害で、コミュニケーションが苦手で、上手く話をつける自信がなかった、というのもあります。

なので、一人暮らしを始める少し前から、家計簿をつけていました。

一人暮らしの家計簿は、専業主婦時代と違って、随分寂しいものだと感じたものです。

現在の費目分けは、『食費・日用品』、『医療費』、『交通費』、『雑費』、その他の4費目です。日用品は、洗剤などの、最低限なくてはならないもの、そして、日用品の殆どがスーパーで一緒に買うことが多く、別費目にすると面倒なので、一緒にしています。

雑費は、主に子どもたちの誕生日のプレゼントを送るための送料や切手代、諸手数料がここになります。それ以外はすべて『その他』です。

家計簿は、専業主婦時代は大学ノートで自作していた時期もありましたが、すぐに挫折、
またエクセルで作っていた頃もありましたが、パソコンが壊れ、バックアップをとってなかったために全部消えてしまい、今はベネッセの『お金が貯まる家計簿』(290円)を使っています。
安くて、自分で使いやすいようにアレンジしやすく、メモ欄には、自分が節約のためにやったことや、反省点を書き込んだりしています。

細かいところを言えば、家計簿の残高と現金の残高が合わなかったりと、まだまだ家計簿達人にはなれないけれど、少しずつ、家計簿をつける意味がわかってきたような手ごたえを感じています。

家計簿は、文字通り家計管理ができればそれでいいと割り切っています。
費目わけや、帳簿と現金が合わないなど細かいことは気にしないでいけば、結構楽しく続けられるものだと思えるようになりました。
専業主婦時代にこれができていれば、離婚しなくても良かったのかもしれないね。

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「しんどかったでしょう?」

この間のカウンセリングで、中学の頃の話をしました。

中学3年のときの担任が、バスケット部の顧問で、クラスでレクリエーションをするとほぼ確実、バスケットボールをやるのが苦痛でしたと話したら、
「それはしんどかったですね」、と言われました。

ドリブルできますかと聞かれ、なんとか出来ますね、と答えたら、ドリブルするのがやっとの状態でゲームをするのは大変ですよ、と。

言われてみたらその通りです。
でも、当時はそれでも、普通と同じようにやらないと、「努力しようとしてない」と言われるからやらざるを得なかったわけです。

ずっとそうして早や40数年生きてきて、「しんどかったでしょう」と言われても、それが自分にとって常に普通の状態で、他の人も同じようにしんどいのに、難なくクリアする姿を見ながら、この人たちは自分とは違う人種のように感じていました。

そんな私にバスケットボールを教えてくれた子はいたけど、言われたとおりにやっているつもりなのに、なかなかできなくて、教えてくれる子に対して申し訳なくなってうつむいたら、その子が担任に、思いもよらないことを言っていて、心底驚いたのでした。

「せっかく教えてあげたのに、覚えようとしてくれない。」

これには本当にショックで、私の中で今もトラウマになっている出来事の一つです。

私が中学生の頃は、発達障害の概念もなく、
こういうことが起きても、仕方なかったのです。


「しんどかったですね」って、…もう少し早くそう言われたかったな。


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「いい学校、いい会社」

「最近の若い人は仕事を選ぶから就職がない」。

私の親は、よくこう言います。
そして働かない若者を非難し始めます。

でも、私たちが子どもの頃は、「いい学校を出て、いい会社に入りなさい」と言い聞かされて育ったのです。

その子どもたちが大人になって、いい学校を出ても、必ずしも、いい会社に入れるとは限らない。そんな時代になりました。

私はもうすぐアラフィフで、バブル時代を体験しているから、まだいいけれど、その下の世代、バブル崩壊以降、いわゆる就職氷河期と言われる時代を体験した世代以降は、特にこの傾向が顕著になっています。

職を選ぶから仕事がない、ということに反論するなら、いい学校を出ていい会社に、と言われ続けて育った子どもが大人になった時、仕事を選ぶのは当たり前のことだと思うのです。
いわゆるいい学校を出ていたら、それなりの仕事に就きたいと考えてしまうものだと思います。そうでなければ、いい学校を出た意味も、そのために費やした努力も、みな、無駄になったような気持ちになるのではないでしょうか。

散々「いい学校、いい会社」といい続けてきて、今になって、「仕事を選ぶな」、というのは、なんだか無責任のような気がします。

このことに限らず、私たちの親世代は無責任な気がしてなりません。

「今の子どもはゲームばかりで外で遊ばないからダメだ」。

これもよく言います。けれど、私たちが子どもの頃、空き地だった場所が住宅地になったり、ショッピングセンターができていたりします。
そうやって、子どもたちから、安全に遊べる場所を奪ったのは、大人たちです。

自分たちがしたことで不都合が出てきたら、外で遊ばない子どもたちや、働く場所が無い若い人を責めるのはおかしな話だと、私は思います。

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焦ってもいいことはないという事実

2012年の夏、私は、うつ病を早く治して、再就職しなければ道がないと、とても焦っていました。

ちょうど失業保険を受給しながら就職活動していました。
ヘルパー2級の資格を取るべく、講習にも通いました。
その成果あって、秋頃に無事再就職を果たしました。

でも、結局、うまくいかず、心身ともに疲れ果ててしまいました。

その時に、もう焦って職探しをするのをやめて、とりあえず障害年金を受給しようと考え、年金事務所まで書類を取りに行きました。

発達障害支援センターに、相談にも行きました。

でも、それきり何もできなくなってしまいました。
3ヶ月くらい、ひきこもり、寝たきりの状態になってしまいました。

やっと、起き上がれるようになったのは、翌年2013年の春の始めでした。

それからは、『自分が働ける場所で、無理なく仕事をしよう』という考えにシフトチェンジしていきました。

そして、今の就労継続支援A型事業所というところに就労しました。

これがベストの選択ではないかもしれないけれど、とりあえず働かないと生活するための収入を得ることができません。

それと同時期に、やっと、放置していた障害年金の申請書に手をつけました。
数ヶ月かかりましたが、無事、3級の証書が手元に届いて、心底ほっとしました。

そこから言えるのは、焦っていいことはない、ということです。
焦ったことが全てマイナスに働き、病気をさらに重くして、再出発は遅れるし、金銭的な損失もとても大きかったです。

今、私と同じような状況にいる人には、私と同じ道を歩んでほしくないと思っています。
就職活動に疲れたら、まずは一休みをしてください。

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