わたしのあした~発達障害とともに生きる 2013年11月

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私は才能の無い広汎性発達障害

また夜中に目を覚まして、ブログを更新し、そのままこたつで眠り、朝起きて、ipadのメモに書いた日記を朝読み返して自分でも怖くなってしまいました。記録としてそのまま転記します。

『ごく平凡で、昔のように何かの情熱も持たず才能もないわたしを殺してしまいたい。
生まれ変わって、才能と能力に溢れた人間になりたい。そして誰もが羨む人間になる。
そんな夢をみる。
また朝まで眠れない。深夜2時の独り言である。
でも冷静になればそんなアホなことを書いていても仕方ない。眠りたい。
眠れば少しは心が晴れるのに』。


本当は仕事も休みたい。でも休めば生活ができない。がんばらないと。そう心を奮い立たせてその日も仕事に向かいました。
でも、作業中、特に動作性の低さを思い出して、今までなんともなかったことにも落ち込んでしまいました。職場の人には迷惑をかけてしまったかもしれません。

職場の人に迷惑をかけることのほうが、数値云々よりも重要なのにね。

今日はネガティブな記事になってしまいました。重ねてごめんなさい。


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診断後のこころのケアがほしい。

広汎性発達障害の診断後、私の心は大きく揺れました。

皆さんよく、診断後はほっとしたと言われますが、私の場合は違っていました。
検査結果から、言語性と動作性の能力の差が、想定していたより大きく、またちょっと期待?した言語性は高いとはいえ標準よりやや高い程度で、平均するとごく平凡な数値でした。

正直、インターネットやツイッターなどで高い数値を公表している人に対して、羨ましさを抱いてしまいました。平凡な数値の自分が、それと比べて情けなく思えてくるのです。

数値を公表するのは自由ですし、それに対して意見するつもりはありません。
ただ私が勝手にそう感じて、必要以上に落ち込んでいるだけだと思ってください。

実は、私の息子も高機能自閉症で、私と同じ検査(WISC3)を受けました。
そのときは、心理士さんが細かい数値まできちんと説明してくださったので、それを期待したのですが、そこまではなかったのも残念でした。自分ができるところ、苦手なところは、自分でも確認したいと思いました。

落ち込んで、どうしていいかわからず、診断書だけ手にしたまま、深い迷路に迷い込んだような、不安に陥っています。また、動作性の低さにも強い劣等感を感じています。

こんなとき、相談できる場所はないのでしょうか。
診断後こそ、診断によって起こるこうしたこころの動きに対するケアが必要ではないかと、思いました。

今のところ、発達障害支援センターに相談しようと思っています。

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私は広汎性発達障害でした。

先日、記念すべき?検査結果がでました。

「広汎性発達障害と考えて矛盾はないでしょう」

とのことでした。

でも何が変わるわけもなく私は私で。

診断されてすっきりした、というより面倒な荷物を背負い込んでしまった感じです。

どうしたら生きやすくなるか?

これから心理検査の結果を元に考えていくことになるのでしょうが、大変な作業だと思います。

特別な才能のある人を除いては、更に、周囲に理解者がいないひとにとっては、かなり、いばらの道になりそうな予感がしています。

誰か私を助けてください。お願いします。


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百均の色鉛筆で

もう2,3年くらいは前になるでしょうか。
まだ、介護士として頑張っていた頃、百均で色鉛筆を買いました。
でも、この色鉛筆は残念ながら、色鉛筆の役割を果たしてくれなかったのです。
そう、色が全く出ないのです。薄い色しか塗れなくて、買ったことをとても後悔しました。

私が中学2年の頃、夏休みに課題で描いたポスターを見て
「お前、美術のセンスあるぞ」といってくれた先生。
あの言葉が本当なら、たとえ百均の色鉛筆でも、今でも、何かを描くことができるかもしれないと
思っています。

でも、今の私は、たとえどんな高価な画材があっても、何を描いていいのか、わからなくなっています。
中学の頃、絵は天職だと思ったくらいなのに、不思議と今はさっぱり何も描きたいものが浮かんでこないのです。

魔女の宅急便の、主人公キキの友だちが、
「描きたいものが見つからないときは描かない、描きたくなるまで待つ。」
そういっていたように、私にも、心にゆとりができて、描きたいものが見つかるまで、
待ってみようと思います。


もしも本当に私に美術のセンスがあるなら、きっと今も自分の奥底に眠っていて、
それはなにかのきっかけで、再び目を覚ますことでしょう。

今年の秋は、紅葉の赤がとても美しいです。
百均の色鉛筆でも、何かを描く日が来るかもしれません。

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介護福祉士になりたかった

先日、NHKのど自慢大会を見ていたら、介護福祉士さんが美川憲一の「さそり座の女」を歌っていました。

介護福祉士、と聞くともうあきらめた夢なのに、気持ちがざわざわします。

介護士時代にもブログを書いていましたが、

日本一の介護士になる!
なんて。今思えばまるでとっくに過ぎたバブルの残骸を追いかけているような気がして、むなしくもあり、おかしくもあり、さまざまな思いがかけめぐっていきます。

その時のブログがこちら。
夢に向かって歩いていこう

ふと、岡村孝子さんの歌のサビの部分が流れてきます。
…「あなたの夢をあきらめないで。」

私だって諦めたくなかった、でも、諦めざるを得なかったのです。
人の気持ちを汲み取れない、また先日の心理検査では、仕事の段取りを組むのがとてもしんどいでしょうね、と指摘されています。これでは、業務としての介護を続けることが難しいのです。

介護福祉士の受験資格は、3年以上の実務経験が必要です。また、規定の業務就業時間を満たすことも条件です。介護の仕事を普通にこなせなければ取得はできないのです。
それが困難な私は、諦めざるを得ないと判断したのです。

けれど今私の中には、めげずにまた次なる小さな夢が一つ生まれています。

その話は、また次回。

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バブル世代の親たち

今年は連続テレビ小説、あまちゃんが大ヒットし、「じぇじぇじぇ」が流行語大賞になるかと思えるほどでした。

私はドラマの中で、キョンキョンこと小泉今日子さん演じる母親・春子に、ちょっとだけ共感しながら見ていました。私も中学の頃は「東京行って漫画家になる!」って、真面目に考えていました。修学旅行で行った東京の街を、ドキドキしながらバスの窓から眺めていました。「有名人にあえるかも?」なんて考えながら。

でも私は春子のような勇気がなく、東京には行かず地元で就職をしました。そこで知り合った元・夫と結婚し、19年間一緒に暮らしました。

離婚は、私から切り出しました。なんとなく、浮気しているじゃないだろうかと思わせる行動があったのです。ただ確実な証拠がなくて、突き詰めることはできませんでした。もし証拠があるとすれば、2009年、高校時代の女友達から来た年賀状に、「またメールするね」と書いてあったこと。当時出張が多かったし、もう夫婦としてどことなく冷めた感が漂うようになったから、浮気があっても不思議はないよねって、思っていました。

メールしあうだけの仲なら浮気とは言わないだろうけど、高校時代の同級生に好きな子がいたと聞いていたし、件のメールの相手の女友だちは少なからず元・夫に好意を抱いていたのですから。こちらが疑う要素は揃っていたのです。

離婚の理由は、いろいろありますが、元夫曰く、お前とは性格が合わないということでした。俺とお前は根本的に違う、と。それで、なんとなく、もう一緒にいられないなと思いました。
当時専業主婦だった私は、経済的な問題から親権を取ることは不可能と思い、地元に戻りました。戻った当初は実家にいましたが親と折があまりに悪く、一人暮らしをして工場勤務や介護士などをして働いて生計を立てていました。

あのまま順調なら、お母さんと一緒がいいと言ったふたりの子どもの親権が取れたかもしれません…でも、今の私は子どもの成長の節目にささやかなお祝いをするくらいしかできません。

先日、来春就職する娘から、教習所のお金が足りないから援助してほしい、と連絡がありました。4万円。今の私にはかなり苦しい額です。でも、アルバイトで教習所へ通うお金を貯金していた娘のために、なんとかしようと考えてはいます。
元夫はそれこそ大企業のサラリーマンなのに、娘の車の免許取得のための4万円を出してあげることはできないみたいです。たまに遊びに来る娘たちに聞くところによると、バイクだの大型テレビだの買うお金があるようだけれど、娘の教習所の4万は、出せないようです。

元・夫とは会社のスキーツアーで知り合いました。時代はバブル全盛期。原田知世さん主演の映画「私をスキーに連れてって」がヒットした時代。
そんなバブル世代の親は、景気が悪くなっても、派手なことを好む傾向があるような気がします。

「あまちゃん」の春子は夫とよりを戻しましたが、我が夫婦はそれどころではない空気が漂っています。

じぇじぇじぇ
…?

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できない人がいじめられることのない社会へ

発達障害の人は、学校や社会で、いじめに遭うことが多いようです。
その原因は、コミュニケーションの未熟さや、障害ゆえに苦手だったりできなかったことをからかわれたり。
最近だと、「空気が読めない奴」などといって仲間はずれにされてしまうのでしょうか。

私も例にもれず、学校でも、職場でもいじめに遭いました。おかげで人がすっかり怖くなり、自分から積極的に人と関わろうとはしなくなっていきました。そのために、結婚して子どもができても、子どもの幼稚園や小学校で、いわゆるママ友だちとは無縁でした。全くいなかったわけではないけど、すごく少なかったです。
元々雑談が苦手だし、空気を読むのが下手なのでどうしても浮くし人を傷つけるしで、友達はいないほうがいいのかもしれません。
恐らく発達障害の人の中には、私と同じような考えになってしまっている人も多いような気がしています。

でも、どうして、できない人はいじめられるのでしょうか?
「できないから、いじめられても仕方ない」、という人はたくさんいますし、私も何度かこの言葉を耳にして、自分ができないのだから仕方ないと、どんなに悔しくてもやり場の無い怒りや悲しみを抑えてきました。

「できない」ことはいじめられる本当の原因でしょうか?
それは違うと思います。いじめる側の、単なる言い訳に過ぎないと考えています。

本当はいじめる側にも、心理的な問題があって、それを発散するために、何かできない人をターゲットにして、ストレスのはけ口にしているだけではないかと、私は考えます。

いじめられる側にも原因があるなら、いじめる側にも原因があります。いじめられる側の原因についてはあれこれ追求されるけれど、いじめる側の原因について何の追求しないのは、片手落ちではないでしょうか。

できない人がいじめられる社会は、私はもうたくさんです。
どうかこの世からいじめがなくなることを、強く願います。


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働くことは収入を得て生活していく手段だった

みんなにとっては、もう既にあたりまえのことかもしれません。

でも私にとって、働くことは、生きがいややりがいといったことに直結するものだ、と考えていました。
だから、ちょっと何かで躓くと(大抵が人間関係)、すぐに仕事をやめてしまって、収入が途切れてしまいました。
自分の生活の収入のためならば、多少嫌なことがあっても我慢をしたり、周囲と折り合いをつけるという、社会人として当たり前のスキルが、私には大きく欠如していたようです。

もちろん、仕事は単に収入を得るだけの手段ではありません。そこに、自分のやりがいや、社会的な役割を果たすことで自己実現ができる、そういう場でもあります。

今までの私は、収入を得て生活することを抜かして、自己実現を果たすことのみに、強くこだわりがありました。

私はお金に困って借金をするまで、そのことに気が付くことができませんでした。

そういう意味で私は社会人として、私はもう一つ、成熟していなかったのです。

今は、生活のための収入を得るために、頑張って仕事をしています。
もちろん、自己実現は忘れていません、

これからも、こうして仕事をしていけたらいいなと思っています。

少しは私も、社会人として成長できたのでしょうか。


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私には趣味がない

私には、いわゆる趣味がありません。
一つは趣味を楽しむための経済的ゆとりがないことが理由にありますが、それがあったとしても、休日の一日を楽しめるような趣味がありません。

しいていうなら、こうしてブログや日記などを書くことでしょうか。
家計簿など何か記録することも好きですが、こういうのは趣味とは言わないですね。

子どものころは、以前にも書きましたが、絵を描くことが大好きでした。中学生の頃は、もう天職だと思うくらい好きでした。それだけ好きだったのに、高校を卒業して、就職したら、絵を描くことをだんだんしなくなっていきました。
同じ趣味を持つ仲間にも恵まれませんでしたし、洋服や化粧など、みんなが興味を持つことに、自分も興味を持たなければいけないような気がして、なんとなく、服を買ったり友達がすすめる化粧品を買ったりしていました。

今もお化粧は、派手にはしないけれど興味はあるし、服を見に行くのも好きです。それこそお財布事情でそんなに買えませんが、いろんな服を見て歩くのは楽しいし、好きです。

でも、やっぱりそれが好きとか趣味と言えるレベルじゃないような気がします。
だから休日はなんとなく、家事と昼寝で終ってしまって、もったいないなぁと思っています。

私も、一日楽しめる趣味が欲しいです。できればそれで休日を楽しめる趣味がいい。
それで今考えているのは、色鉛筆で絵をかくことです。

でも、今はその色鉛筆と紙を買うゆとりもなくて。
そんなに高いものじゃなくてもいいのですけど、でもそれすら買うゆとりが、今はないのです。

改めて、貧乏ってつらいですね。

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わがままにならないように生きたい

発達障害の人、特にアスペルガーの人は、わがままだと言われます。
それは、どうしても、物事を自分中心で考えがちな脳だからだと私は考えています。

サリーとアンの課題なら、このブログを読んでいる人の殆どは恐らく知っているでしょう。

私は、先日の心理検査で、これはこれから検査を受ける人のためにも、詳しく書くことはできないのだけど、自閉症の人が、相手の立場に立って物事を考えるのがどうしても難しい理由がわかるテストを受けました。
ややこしい表現ですみません。

アスペルガーの人は性格的に自己中なのではなくて、物事を考える上においてどうしても自分が中心になってしまうということ。何かを考えるとき、相手の存在があるのに、思考の中から相手の存在が、すっかり消えてしまうのです。
これは、障害故致し方ない部分なのだと考えます。

けれど、それによって相手を傷つけたり、不愉快な思いをさせた時は、「障害でできないから許される」わけではないのですね。

ソーシャルスキルとして、できるかぎり相手の立場に立った物事の見方ができるようにならないと、社会生活は必然的に困難になります。私の人生が詰んでいるのはそのためだと考えています。


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